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zoom RSS 「岩波英和辞典」の思い出

<<   作成日時 : 2007/05/11 23:06   >>

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先日「オックスフォード英和辞典」(OED)についての本を紹介したが、関連で、OEDを参考に編纂された「岩波英和辞典」の思い出を書くことにしたい。英語学習の初期に一時使った後、自分には向かないと捨ててしまったのだが、後になって何ともったいないことをしたのかと悔やんだ。いまは絶版で手に入らない。

この辞書は、私が子供のころ自宅にあった唯一の英語の辞典で、学校を出た後はまったく英語と縁がない生活を送っていた父親のものだった。

私は、小学校を卒業する時に生徒全員に配られた某社の中学生向け英和辞典を使って英語の学習を始めた。入学したのはごく普通の公立の中学校で、初めて英語を学び始めた身にとっては、その辞書でも十分だったはずだ。

ところが使っているうちに、生意気にも、発音記号にカタカナが併記されているのがどうも本物らしくないと思うようになった。今はどうか知らないが、当時は教科書でも発音記号をしっかり教えていたこともあってか、「カタカナ表記とは子どもだまし」と考えたわけである。

そこで目にとまったのが、家にあった「岩波英和辞典」だった。漢字が多用されたいかにも昔風の辞書だったが、その点は苦にならず、かえって「ちゃんとした辞書」と感じ、中学時代を通じて使った。引くのは基本的な単語ばかりだったので、問題を感じなかったのだろう。

勝手が違ってきたのは、高校生になってからである。確か sophisticated だったと思うが、実はほとんど使われなくなっている意味しか載っておらず、文脈にそぐわないので首をひねった記憶がある。また意味が載っていても、初めの方ではなく、あとの方まで読まないとぴったりとした訳語が見つからないので、使うのがおっくうだと感じることが多くなった。

しばらくして知ったのは、この辞書は、ある言葉の素となる定義をまず示したうえで、意味がどのように広がっていったかがわかるように並べているのが特徴だということだった。英和辞典は、よく使われる(と編纂者が判断した)語義から順番に並べていくのが一般的だが、「岩波英和」は語義を歴史順に並べていたわけで、これはOEDにならったものであることも知った

道理で、単語によっては最後まで行かないとお目当ての意味が出てこないわけである。その頃には、研究社の「英和中辞典」やホーンビーの学習用英英辞典など他の辞書も使うようになっていたし、何かで「辞書は新しいほどいい。古い辞書を後生大事に使い続けるのは愚かしいことだ」と読んだことも影響して、ある日、私は「岩波英和」をくずかごに放り込んだ。

この英和辞典の特徴と利点を理解したのは、ずっとあとのこと、社会人になってからだった。ある単語の定義を最初から最後まで読む、あるいは、意味がどのように移り変わっていったかを知ると、その単語のイメージをより掴めることができることに気づいて、辞書を「読む」ことが増えていた。

「岩波英和」を使っていたときは、定義を最後まで見なければ訳語を見つけられなかった。しかし今は逆に、「岩波」だったら多分最初の方に書かれていたことを知るために定義を最後まで読んでいることに気づいて苦笑することもあった。

この辞書は絶版になって久しいが、岩波書店のサイト http://www.iwanami.co.jp/ で検索すると、今も次のような記載がある。ここまで書いている自信作を絶版にしたままというのは、何とももったいないことだと思う。

《オックスフォード英語辞典》を克明に読み解き,その精髄を学問的正確さをそこなうことなく学習者のために平明に簡約しきった画期的な名著.約2,900語の基本語については,その本質的な語義がまず太字で示され,個々の語義はその変遷と展開の跡をたどって配列されており,語の根本的意味がどこにあり,語がどのように生きて働くかが,ひと目で会得できる.1936年の初版以来,学習英語辞典の極致として高く評価され,愛用されつづけてきた辞典の現代版.収録語彙約6万.

同じような編集方針を取り、最近の語義を加えた辞典を、どこかの出版社が作ってくれないものだろうか(現役の「岩波新英和辞典」は、まったく別物の辞書である)。一部の人にしか興味を持たないだろうから到底採算は望めず、難しいだろうが。

「岩波英和辞典」は、編者として3人が名を連ねているが、中心は田中菊雄氏だったという。「研究社英和中辞典」などを編纂した岩崎民平氏と並んで、田中菊雄氏も、この「岩波英和」で、日本の英語辞書の歴史に名を残した人だということを、社会人になってから知った。

そうした英語辞書界の巨頭たちの辞書を使って学習していたことに、当時の私は気がつかなかった。「岩波英和」とは早すぎた出会いであったわけで、当時の自分の力では使いこなせなかったのが残念だ。しかしあの時「岩波英和」から離れたから、その後も英語を嫌いにならず、学習を進めることができたのかもしれない、と思って自分を慰めている。

追記:
その後私は、中古で「岩波英和辞典」を手に入れることができた(厳密に言えば、かつて自宅にあった版より後に出た、1958年発行の新版だが、編集方針は同じである)。三十数年ぶりに再会してみると、上記に書いた特徴のほかに、シェイクスピアや聖書などからの引用も多いこともわかり、時おりページをめくって拾い読みをするのが愉しい。一方で、今の時代に実用的な目的で使うのには向かないこともまた確かだと思った。英語学習に教養的な色あいが濃かった時代に生み出され、その後、役割を果たして退場していった銘品というべきだろうか。


参考:
読んだ本:The Professor and the Madman

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