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zoom RSS transcriptionと「幼年期の終わり」とバッハ

<<   作成日時 : 2008/01/15 18:10   >>

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前回の関連である。「幼年期の終わり」を再読したら、登場人物が最後にバッハに耳を傾ける場面があるのに気づいた。実は、同じクラークの「2001年宇宙の旅」にも似たシーンがある。人類の黄昏にはバッハが似合うと作者は考えているのだろうか。そう思いつつ、何の気なしに3種類ある「幼年期」の訳書を比べたら、この場面にある transcription という単語の解釈が異なっているのに気づいた。

この場面の翻訳は、それぞれ次のようになっている。

(A) だが、何よりも欲しかったのは、一台の電子ピアノとバッハの曲の楽譜だった。(中略)自分で演奏しないときには、偉大な交響曲や協奏曲のテープをかけた。

(B) が、なによりもジャンが欲しかったのは、電子ピアノとバッハの録音の何種類かだった。(中略)自分でピアノを弾いていない時には、バッハの交響楽や協奏曲の数々の名作テープに耳を傾ける。

(C) 何より欲しかったのは、電子ピアノとバッハの楽譜だった。(中略)ピアノを弾いていないときは、美しい交響曲やコンチェルトのテープを流しっぱなしにした。

"Childhood's End" の原文を引用しよう。

There was everything here that he needed to maintain him for the rest of his life, but what he wanted most was an electronic piano and certain Bach transcriptions. (中略) When he was not performing himself, he played tapes of the great symphonies and concertos, so that the villa was never silent.

transcription の訳が、「楽譜」と「録音」にわかれている。電子ピアノと組みになっていると考えれば「楽譜」なのだろうが、ならば score ではなく、この単語を使う意味が何かあるのだろうか。

音楽で transcription という場合は、原曲ではなく、別の楽器で演奏できるようにした編曲を指すことがある。辞書にも明記されているし、バッハが鍵盤楽器以外の作品も多数書いていることはちょっと調べればわかるはずであるが(Bach の "Piano Transcriptions" と題した編曲ものCDも実際にいくつか出ている)、ここを「バッハの作品をピアノで弾けるように編曲した楽譜」と取った翻訳がないのはどうしてなのだろうか。

もうひとつ、the symphonies and concertos のくだりだが、バッハの時代には「交響曲」という音楽の形式は存在しなかった(これも調べればすぐわかることである)。その意味からも、電子ピアノと transcription とをわけて考えたうえ、後者を「バッハの作品を録音したもの」と解釈した (B) は不適切だろう。これはバッハとは関係なく、「(誰もが知っているような)傑作とされる交響曲や協奏曲の数々をテープで聴いた」ということではないかと思うが、どうだろうか。

しかしクラークは音楽家でないし、ここでの transcription を私の考えるような意味で使っているのかどうか。私が思い違いをしているかもしれない。詳しい方がいらしたらご指摘いただければうれしい。

ついでだが、(C)は一方を「交響曲」、他方を「コンチェルト」として揃えていないが、後者を「協奏曲」(あるいは前者を「シンフォニー」)としない理由が何かあるのだろうか。

さて、音楽とは別にこの transcription という単語はおなじみという英語学習者もいることだろう。transcript と同じように、音声を活字化したものを指し、ニュースのサイト等でお目にかかる。

が、この意味に相当する日本語がすんなりと頭に浮かばない。「文字起こし」「テープ起こし」などといわれるようだが、手持ちの英和辞典や国語辞典には載っていない。これも決まった言い方があるのなら、どなたか教えていただければありがたい。

最後に、英英辞典から transcription の定義を引用しよう。

- an act, process, or instance of transcribing

- a written or printed version of something; a transcript
- something written, especially copied from one medium to another, as a typewritten version of dictation

- an arrangement of a musical composition for some instrument or voice other than the original
- the act of arranging and adapting a piece of music [syn: arrangement]

- a recording (as on magnetic tape) made especially for use in radio broadcasting
- a sound or television recording (e.g., from a broadcast to a tape recording)

- something that has been transcribed, especially: a. (music) an adaptation of a composition. b. a recorded radio or television program.


関連:
新しい「幼年期の終わり」

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 こんにちは。のらさんという方がいらっしゃるので、こちらの名前で失礼します。
 「幼年期」、「2001年」、どちらもものすごく印象的に、バッハが登場しますね。
 特に「2001年」で、はじめいろいろな音楽を聴いていたのに、だんだんとバッハの鍵盤曲だけに絞られてくるあたり、胸に迫るものがあります。

 ちょっと、いいかげんな記憶で恐縮ですが、
 transcription という言葉が、古楽等の解説で、楽譜とほとんど同義語で使用されていたことがあったような気が。
 当時の楽譜がすべて「写本」だからだと思うのですが・・・・。
 ちょっとそれとはちがうかもしれませんね。
旅の者
2008/01/17 11:34
クラシック音楽にお詳しい旅の者さんにコメントいただき、どうもありがとうございます。
小説版「2001年」のバッハのくだりは本当にぐっと来ますね。映像で出来ないことはありませんが、同じような効果は難しいでしょうね。それでも、断片的でもせめてバッハの音楽を使ってくれたら、と思っています。
transcription については、さらに詳しい情報がありましたらどうぞ教えてくださいませ。
子守男
2008/01/18 02:00
電子ピアノに挿入できる、楽譜つきの音楽データでは?
未来っぽいニュアンスを出すための小道具かも?
竜胆
2008/05/27 11:41
竜胆さん、コメントありがとうございました。なるほど、そう考えると楽しいですね。
子守男
2008/05/28 15:02
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