「ヒロシマ・レクイエム」(細川俊夫)

わけのわからない不協和音の嵐というイメージが抜けず、現代音楽はちゃんと聴いたことがない。例外としては、古楽のようなアルヴォ・ペルトの作品があるが、もっと「ゲンダイオンガク」風ながら、時々耳を傾けたくなるのが、国際的に活躍している作曲家、細川俊夫の「ヒロシマ・レクイエム」である。

その作品集「音宇宙4」のCDに含まれているこの曲を初めて聞いたのは、やはり暑い夏のことだった。

作品は2つの楽章からなり、第1楽章「前奏曲『夜』」は、破局を予感させる静かな曲。以前、広島の原爆投下を描いた本 "Shockwave" について書いたことがあるが、このノンフィクションのプロローグも、運命の日の前夜を描いていたのを思い出す。

続く第2楽章「死と再生」では、交錯する音響の中を縫うように、詩集「原爆の子」が日本語と英語で朗読される。そして、戦時中のラジオ放送、東条やヒトラーの声といった記録音声が聞こえ、さらに、ラテン語の「死者のためのミサ」「怒りの日」が歌われる。不快としか思えないはずの不協和音が、この作品では強い印象を残す。

「ヒロシマ」をテーマに据えると同時に、英語の朗読やラテン語の合唱を交えることで、より普遍的な作品の受容をめざしたのだろうか。広島に生まれドイツを活動の拠点にしている細川俊夫ならではの作品といえるようにも思う。

この作品はのちに「ヒロシマ・声なき声」として改作され、CD「音宇宙8」で聞くことができる。旧作に満足できなかったのだろうか、第3~5楽章が追加され、そこでは強制収容所から生還した詩人の作品や芭蕉の句が使われている。また第2楽章の「死と再生」では朗読が(ミュンヘンでの演奏のためか)ドイツ語と英語になり、「怒りの日」が削られた。

しかし私としては、旧作の方が好みである。新作はちょっと長いと感じるし、それまでずっと「死と再生」で終わる作品ととらえていたこともある。また、効果的だと思っていた「怒りの日」の合唱がなくなってしまったことにもよるだろう。詩のテキストは、やはり母国語である日本語での朗読の方が印象が深い。

そんなわけで、私が取り出すCDは改作ではなく、今も「レクイエム」の名を冠した旧作の方である。戦争を描いた現代の「レクイエム」作品としては、以前触れたことがあるブリテンの「戦争レクイエム」があり、これもグレゴリオ聖歌のラテン語に英語の詩が人間の声で歌われるが、細川の作品はずっと短いものの、印象の深さではひけを取らないように感じるのは、同じ日本人としてのひいきがあるかもしれない。

このCDの解説で細川俊夫は、「戦後の広島に生まれた一日本人としての、個人的な魂の傷みを感じながら作曲した。これは私の、祈りの音楽である」と書いている。

以前、広島出身の漫画家による作品「夕凪の街 桜の国」を取り上げたときにも書いたが、直接の体験がない世代が創作活動に取り組むという点からも、ヒロシマ・ナガサキは「民族としての記憶や体験」になっているのだという思いを強くする。


参考:
「カウントダウン・ヒロシマ」 Shockwave
「夕凪の街 桜の国」
「ノーモア・ヒロシマ」の英訳
広島市長の平和宣言
コヴェントリーにまつわる英語(その2)
Hiroshima (John Hersey)

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