「借りた時間を生きる」とは?

先日、SF作家クラークが死去したことについて書いたが、彼の作品「2001年宇宙の旅」の翻訳にちょっとひっかかる部分があり、それをきっかけに覚えたイディオムがある。これまでも書いたことがあるが、こういった形で単語や表現を覚えることが時々あって、翻訳者に対して意地悪といえば意地悪である。

その部分とは、次のようなものだ。

これらの武器がなかったなら、もちろん自分自身に対して使うこともしばしばだったが、ヒトはとうてい世界を征服できなかっただろう。ヒトはそれらに自分の魂を吹き込み、それらも長いあいだ主人に忠実に仕えてきた。
しかし今やそれらが主人であり、ヒトは借りた時間をこの地上で生きているのだった。

最初にこれを読んだのは高校生の時で、「借りた時間」とは面白い言い方だな、という以上のことは考えなかったが、少しして、これは英語の直訳なのではないか、と思いあたり、辞書を引いてみた。想像したとおり、be [live] on borrowed time という表現があることがわかった。

さらに少しして原書の 2001: A Space Odyssey を手に入れたが、確かにこの言い回しが使われていた。

Without those weapons, often though he had used them against himself, Man would never have conquered his world. Into them he had put his heart and soul, and for ages they had served him well.
But now, as long as they existed, he was living on borrowed time.

この表現、具体的にはどういう意味なのか、辞書の説明を引用しよう。

- (危篤状態を脱して)思いがけず生きのびている;(重い病気で)いつ死ぬかわからない

- (病人などが)奇跡的に生き延びる;(職を失うなど)危ない状態にある(live の場合は通例進行形)

- 老人・病人が)(余命いくばくもないと思われたが)思いがけず生きのびる;死を間近にしている

- used to say that someone has continued to survive against expectation, with the implication that this will not be for much longer

- to still be alive after the time when you were expected to die; to be doing sth that other people are likely to soon stop you from doing

- an uncertain and usually uncontrolled postponement of something inevitable -- used with living on

- an uncertain, usually limited period of time extending beyond or postponing the occurrence of something inevitable.

- a period of uncertainty during which the inevitable consequences of a current situation are postponed or avoided. Often used with on:
terminally ill patients living on borrowed time;
an unstable government that existed for months on borrowed time.

さて「2001年宇宙の旅」であるが、最初にあげた翻訳は、私が最初に手に入れた1977年発行の文庫本(早川書房)のものである。現在店頭に並んでいるのは、1993年に出版された、同じ翻訳者による「決定版」と銘打たれた改訳だ。くだんのところは、次のように変わっている。

こうした武器なしでは(といっても、みずからに向けて使うことも多かったが)、ヒトはとうてい世界を征服できなかっただろう。ヒトはそれらに心も魂も吹き込み、武器たちもまた長年、主人によく仕えてきた。
しかし彼らが地上に存在するかぎり、ヒトは借りた時間を生きているのだった。

最後の文の they を「彼ら」とすると、武器なのかヒトなのかという疑問を持つ読者がいるかもしれないと思ったが、それはともかく、「借りた時間」はそのままである。

この翻訳者はSFものでは名の通った人であり、この be (living) on borrowed time を知らないはずはないと思えるが、「借りた時間」を改訳版にも残しているところをみると、これに愛着やこだわりがあるようだ。実はある英和辞典にも「借りものの時間」という訳が載っていたが、こうした日本語だと、今ひとつ意味がわかりにくいと考える人もいるのではないだろうか。

私としては、例えば、「武器は長いことヒトの役に立ってきた。しかしそうした武器がある限り、ヒトは常に自分たちを滅ぼしかねない危機と背中合わせに生きているのだった」というような訳が頭に浮かんだが、これだと味わいがなさすぎる、あるいは誤訳になるだろうか。


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