ガルボが話した!(Garbo talks.)

ビートルズの伝記 "The Love You Make" を読んでいたら、またも固有名詞を使った言い回しが出てきた。"Garbo talks!" というもので、先日紹介した Svengali と同様、読み飛ばせない気になった。 Garbo とは大女優のグレタ・ガルボのことだろうが、なぜ彼女の名前が唐突に現れたのか。

ビートルズの解散後、メンバーのひとりジョージ・ハリスンが "All Things Must Pass" という名アルバムを世に問い、本領を発揮するようになったという文脈で使われていた。

George proved once and for all that he was something of a musical genius on his own. Bolstered by Phil Spector's highly orchestrated production techniques, "All Things Must Pass" managed to be an uplifting listening experience. As "Melody Maker" said, "Garbo talks! George Harrison is free!"

もちろん私はグレタ・ガルボをリアルタイムには知らない。しかし幼い頃、家にあった古い映画雑誌の別冊特集(今風にいえばムック)で、バーグマンなどと並んでグラビアページを飾っていた美人女優のひとりが彼女だった。

そんなことを思い出しながら Garbo を手持ちの辞書を引いてみたら、do a Garbo というイディオムを載せたものがあった。「人目を避ける」という意味だそうで、ガルボが引退後、日本の原節子のように人目を避けた生活を送ったことに由来するだろう。辞書にあるとはいえ、実際にどれくらい使われているものなのかわからないが、面白い表現だと思った。しかし肝心の Garbo talks. はどの辞書にも見当たらない。

そこでネットで検索したら、最初にずらりと出てきたのは、ガルボにあこがれる女性を描いた "Garbo Talks" という1984年の映画だった(邦題は「ガルボトーク」)。"All Things Must Pass" のレコードが出たのは1970年なので、無関係なのは一目瞭然だが、映画のタイトルにもなっているとは、やはり何かの意味があるのは間違いなさそうだ。

さらに調べて、ようやく由来がわかった。サイレント(無声)しかなかった映画がトーキー(有声)になり、ガルボも1930年の "Anna Christie" という作品で初めて肉声を聞かせることになった。その際、映画会社が宣伝のためにつくったキャッチコピーが、この "Garbo talks!" だったのだそうだ。

映画がトーキーに変わったときは、洋の東西を問わず俳優たちには試練の時期で、イメージとそぐわない肉声を聞かされたファンが幻滅し、人気が落ちた俳優もいたらしい。

その点、ガルボは成功例だったようだ。危惧する人もいたというハスキーな声と、出身のスウェーデンなまりはかえって大評判となり、先の「ガルボトーク」もあながち”誤訳”といえないような、彼女の魅力のひとつになったという。

- “GARBO TALKS,” said the advance publicity campaign for Anna Christie, the film adaptation of the Eugene O'Neill play about the perennial fleet follower. (中略) In her first scene she enters a saloon and growls, “Give me a visky, ginger ale on the side, and don't be stingy, babeee.”
( http://www.garboforever.com/1990_The_Toronto_Star.htm )

- Her low, husky voice and Swedish accent was first heard on screen in Eugene O'Neill's Anna Christie (1930), which was publicized with the slogan "Garbo Talks". The movie was a huge success.
( http://en.wikipedia.org/wiki/Greta_Garbo )

さらに「笑顔を見せないミステリアスな美女」というイメージがあった彼女は、1939年の "Ninotchka" なる喜劇映画で初めて笑うシーンを演じたが、その時の宣伝文句は "Garbo laughs!" だったということを知った。

そこでジョージ・ハリスンについての文だが、「ガルボがついに喋った!」ことになぞらえて、ジョンとポールの陰に隠れていたジョージが前面に現れ、才能を発揮し始めた、というような意味ではないかと思った。この文が書かれたビートルズの解散時点で、ガルボのエピソードはすでに40年前のものになっていたが、読んだ人にはピンとくるものだったのだろう。果たして今ならどうなのだろうか。


参考:
「固有名詞にちなむ表現」一覧
「辞典に載っていない表現」一覧
「映画・テレビ・音楽から」一覧