辞書に載っていないincapacitated

前回、pick up the slack を紹介するのに使った実例に incapacitated という単語が出てきたので、ついでに触れておきたい。もちろん、動詞の incapacitate はちゃんと辞書に載っている。「能力・健康・資格を奪う」などの訳語がある。しかし、これに沿って重い意味に取ると、思わぬ誤解・誤訳になることがあるのだ。

まず、前回の文章をもう一度引用しよう。

Every day aboard ISS (= International Space Station) was tightly scheduled, with little time to spare for reflection or grief. If one crew member was incapacitated, the others had to pick up the slack, or experiments went untended.
("Gravity" by Tess Gerritsen)

実は私も長らく incapacitated を重々しい意味に取っていた。しかし時々、どうもヘンだと思える例にぶつかるようになった。

incapacitated と形容された人物がいる。病気かけがでもしたのか、と思う。もし私の知人同僚がそうなったと聞いたら、具体的に知りたがるだろう。ところが私が読んだ英文の中には、その人物がどうなったか説明されず、そのうちにけろりと再登場するものもあった。

こうしたことが重なり、この単語はそんなに重い意味を持たない場合があるらしい、とぼんやり感じるようになったが、それ以上深く考えず、そのままにしていた。

ある時、動詞ではなく、-d をつけた形で辞書を引いてみたらどうか、と当然のことに思い当たった。そして、「リーダーズ・プラス」にはちゃんと見出し語として載っていた。

- (多忙で)対応できない、都合がつかない

もやもやはあっけなく氷解した。つまり、病気やけがではなく、取り込み中で手が離せない、ということなのだった。やはり辞書は引いてみるものである。

しかし一方で、今回あらためて書店で調べたら、incapacitated を見出し語にしている辞書は見た範囲では少なかった。また載っていても、出ているのは「生活に不自由な」というような訳語で、「都合がつかない」の意味を載せているものはもっと少ない。

英会話や口語表現に詳しい人、ネイティブスピーカーといっしょに仕事をしている人にとっては、ごく当たり前の単語なのかもしれないが、こうした軽い意味があるとはちょっと意外だった、という人もいるのではないだろうか。

最後に、オンライン辞書で英語の説明を読んでみよう。incapacitated の方を先に引用する(太字は私が強調したもの)。

- unable to act, respond, or the like (often used euphemistically when one is busy or otherwise occupied):
He can't come to the phone now--he's incapacitated.

次に、動詞 incapacitate の重々しい意味である。

- to make someone unable to work or do things normally, or unable to do what they intended to do:
The accident left me incapacitated for seven months.
Rubber bullets are designed to incapacitate people rather than kill them.

- to deprive of ability, qualification, or strength; make incapable or unfit; disable.

- to make legally ineligible; disqualify.


参考:
「辞書に載っていない表現」一覧
Gravity(読んだ本)
pick up the slack