外国生まれの日本人は「帰国(return)」するのか

北朝鮮による拉致事件にからんだ英語についての話を、先日に続いてもうひとつ書くことにする。蓮池さんと地村さん両夫妻が帰国したあとも、その子供たちは北朝鮮で暮らしていたが、1年半以上して出国を許され、親の元に戻ってきた。これを「帰国」と当時報道したマスメディアが多かったと思うが、これは適切なのか、また、英語で"return"と表現していいのだろうか。

これは私が疑問を抱いたのではなく、実は受け売りになるのだが、面白いと思ったので紹介してみたい。この点を指摘していたのは、当時 The Japan Times 紙に掲載されたネイティブのスタッフライターの署名記事だった。

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/nn20040520f2.html

かいつまんでいえば、「子供たちの帰国 kikoku」といわれているが、みな北朝鮮で生まれ育ち、これまで日本に来たことはないので、return (to Japan) というのは不適切だ、というのである。日本語で「帰国」を使うのは適切なのか、という問いでもあるといえるだろう。

それからしばらくの間、拉致問題についての英文を注意して読むようにしたのだが、確かに return を意図的に避けたのか、reunion とか reunite などを使っている記事が複数あるのに気づいた。その一方で、海外のメディアでも return を使って報じていたケースがあった。

そこで、当時、あるネイティブにこの点をどう思うか尋ねてみた。return は人や物がもともといた・あったところに移ることを示すもので、基本的に一方通行の場合には使わない、だから、「子供たちが日本に来るのは初めてという事情を知っているなら、自分なら return は使わないと思う。だが、2組の親の立場から考えれば、return を使うのは心情的にはわかる」というような返事だった。

もちろん、これはあくまでこのネイティブ個人の考えであり、妥当なものかどうか私にもはっきりとはわからない。また、単語や法律の純粋な定義とは別に、「自分の国」をどうとらえるかにも関わりそうで、個人差もあって簡単に決めつけられないようにも思う。

日本は国籍を血統主義(=親はどの国の人か)で考えるが、日本人の夫婦が生地主義(=どこで生まれたか)を取っているアメリカで生んだ子供は2つの国籍を持つことになる。この子がそのままアメリカでずっと成長し、長じて初めて日本に来た場合、「帰国」というのはふさわしいのだろうか。

もちろんその場合、日本国籍を持っているのだから法律の上では議論は起きないのだろうが、心情あるいは感覚的にはどうなのか。

蓮池さんと地村さん夫妻の場合、彼の国では日本人という扱いは受けておらず、その子供たちも自分たちを北朝鮮人と認識していたはずだ。

私は「帰国」や"return"を使うのが誤りだ、といいたいのではない。こうしたことは、個々の状況によって、また受け取り方によっても違い、一律に決められるものではないというのが適切なところではないかと思う。

いずれにせよ、くだんの記事を読むまでは、「拉致被害者の子供たちの『帰国』」という言い方について特に疑問を持っていなかっただけに、言葉に対する感覚を研ぎすませるのは難しいものだとつくづく感じた。


参考:
「辞典に載っていない表現・説明」一覧
「この単語の意外な意味」一覧