英訳版「沈黙」から拾った表現・その1

このほど読んだ遠藤周作「沈黙」の英訳版 "Silence" から、目についた表現をいくつかあげていくことにしよう。日本語作品の英訳なので、読みながら印をつけたのは英語として面白い言い回しというより、「原作ではどうなっているのだろう」という興味を持ったものが中心となり、読了後にまとめて原文と比べてみた。

まず、本文に先立って置かれている訳者 William Johnston による前書き "Translator's Preface" を見てみよう。その中にこんな表現があった。

- Yet Christianity's roots had gone too deep to be eradicated. Besides the martyrs (estimated at some five or six thousand for the period 1614-40 alone) thousands of crypto-Christians kept their faith.

- In 1865, when Japan was reopened, the crypto-Christians came out from their hidings, asking for the statue of Santa Maria, speaking about Christmas and Lent, recalling the celibacy of the priests.

crypto- とは「隠れた、秘密の」 secret, hidden, covert ということだから、「隠れキリシタン」をこう表現したものであろう。

ちなみに crypto は名詞だと a person who secretly supports or adheres to a group, party, or belief の意味になる。cryptogram, cryptograph は「暗号文」、cryptonym は「匿名」「暗号名、コードネーム」のこと。ギリシャ語の kruptos (hidden) に由来するという。

同じ語源を持つ元素の krypton は、以前取り上げたことがある「希ガス」 noble gas のひとつである。このクリプトンはかつて1メートルの長さを定義するのに使われていたそうだ。脱線だが Krypton は「スーパーマン」の生まれ故郷の惑星の名前でもある。

もうひとつ脱線ついでに、前回の冒頭で「ページが黄ばんだ本」と書いたが、これは英語でも yellow という動詞で表現できる。英英辞典の定義と用例を見ると、

- turn yellow
(Example: "The pages of the book began to yellow")
- make or become yellow: documents that had been yellowed by age; clouds that yellow in the evening light.

ようやくだが、遠藤周作の本編である。本文の該当箇所も併記しよう。

"Padre, Padre!" The old man made the sign of the cross as he uttered the words, and in his voice there was a gentle note of solicitude for our plight.

「パードレ、パードレ」老人は十字を切って呟き、その声は我々をいたわる優しさがありました。

「十字を切る」動作は、こう言えばいいわけである。「我々をいたわる優しさ」も文脈にあわせた訳になっているように感じる。


関連:
英訳版「沈黙」(遠藤周作)
英訳版「沈黙」から拾った表現・その2
英訳版「沈黙」から拾った表現・その3
「チェック」ではないcheck

沈黙沈黙
遠藤 周作

新潮社 1981-10
売り上げランキング : 4798

Amazonで詳しく見る
by G-Tools