母ではない mother

先日紹介した "Shockwave: Countdown to Hiroshima " は、最初の方で、第2次大戦末期にニューメキシコで行われた史上初の核実験を描いている。次の文は、実験日が近づくとトラブルが続出し、前日には天候も悪化したという内容だが、ここに出てくる mother は「母親」のことではない。

And so far, despite the most rigorous rehearsal schedule imaginable, plenty had gone wrong. Even before this mother of all storms hit the ground.

この mother に初めて出会ったのは10年以上も前のことで、英文ではなく、何かの翻訳でだった。具体的な内容は忘れたが、「すべての○○の母」と書かれていて、「ずいぶん面白い言い方だな」と印象に残った。とはいえ、その時は疑問も持たず、それっきりになっていた。

「母」の正体を知ったのは、それからかなりあとのことである。最近の辞書には意味を載せているものもあるが、それでも誤訳されているケースがありそうだ。

オンラインの辞書を引くと、the mother of all something として、こんな説明が見つかる。

- INFORMAL an extreme example of something: We got caught in the mother of all storms.
- something that is an extreme or ultimate example of its kind especially in terms of scale
- the best or greatest of a type, as in "That was the mother of all tennis matches."

さらにある辞書には、 由来として、こんな興味深い情報が載っている。

This expression originated during the Gulf War as a translation of Iraqi leader Saddam Hussein's term umm al-ma'arik, for "major battle"; the Arabic "mother of" is a figure of speech for "major" or "best." It was quickly adopted and applied to just about any person, event, or activity.

これが本当だとしたら、戦争によって、敵から新たな表現がもたらされ、英語の語彙がひとつ豊かになったということになる。何とも皮肉、といえばいいのだろうか。

[追記] フセイン大統領は2006年の年末に有罪判決を受け、日をおかず処刑された。これを報じる英文記事の中に、mother of all について、こんなくだりがあった。

His description of the first Gulf War as the "mother of all battles" has entered the lexicon.
(Reuters)
www.abc.net.au/news/indepth/featureitems/s1819621.htm


参考エントリ:
「夕凪の街 桜の国」
「ヒロシマ」を伝えるアメリカ人
Hiroshima (John Hersey)
「カウントダウン・ヒロシマ」
「ノーモア・ヒロシマ」の英訳
広島市長の平和宣言
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