「高貴な」ではない noble

読みかけのノンフィクションもののペーパーバックをぱらぱらめくっていたら、その昔丸暗記した元素周期表 (periodic table of the elements) を載せたページがあった。本文より小さい活字で説明がついている。こうした説明文は面倒くさいのでたいていは飛ばしてしまうが、今回はたまたま目にとまった単語があった。その文を書き写してみよう。

The column on the far right contains the so-called noble gases (helium, neon, etc.), whose atoms very seldom react with other atoms to form molecules.

(Simon Singh, "Big Bang")

理系の方にとっては常識となっている単語かもしれないが、noble gas という言い回しは、文系の私には興味深く思えた。日本語では確か、「希ガス」とか「稀ガス」と表記するのだったか。noble の意味である「貴」と、音が共通しているのも面白い。

さっそく電子辞書で noble を引いてみた。

- (化学)貴(の)、希(の)、<金属が>腐食[酸化]しない;貴重な;<気体が>不活性の

- (化)不活性の(inert)、(ガスが)希の、(金属が)貴の (cf. noble metal)

と英和辞典に書かれていた。「貴」を実際に使う場合があること、noble metal という表現、これだけでもずいぶんと学んだような気になる。

ただ、英英辞典で noble を引いたら、なぜか化学についての用法の定義は見当たらなかった。noble gas [metal] という形での見出し語と説明はあったが、なぜこうした意味が出てきたのかよくわからない。

ふと思い立って国語辞典を引いたら、「希ガス元素」にこんな説明があった。

化学的にきわめて不活発で、他の元素とは容易に化合しない。そのため孤高な性質の意で貴ガスともいう。

これまた興味深い記述である。通勤電車に揺られての電子辞書を使った探索はここまでで、帰宅してからオンラインの語源辞書を引いてみた。

"The noble gases" (1902) so called for their inactivity or interness (inertness の誤りか); a use of the word that had been applied in M.E. to precious stones, metals, etc., of similar quality (c.1390), from the sense of "having admirable properties" (c.1305).

(http://www.etymonline.com/index.php?term=noble)

国語辞典にあった「孤高な性質」の説明について、はっきりしたことはわからなかったが、中世に金属などについて使っていた意味を近年になって気体にもあてはめるようになったということらしい。

なお、noble metal の反対は base metal だと辞書にある。ここでの形容詞 base は、「劣った」といった意味と似て、「劣位の<金属>;低品位の金属の含量が高い」という意味だと説明されている。

いずれにせよ、「希ガス」「貴金属」「卑金属」と、ヨーロッパのことば(英語かどうかは定かでないが)から訳してつくった日本語ではないかという気がする。

以下は余談だが、元素周期表といえば、やはり思い出すのは「水兵リーベ僕の船・・・」という暗記用の語呂合わせだ。こうした、記憶のためにつくった言い回しを英語では mnemonic というが、それを集めたサイトもあるので、元素周期の最初の部分をいくつか拾ってみた。

- Harry, He Likes Beer But Can Not Obtain Food
- Harry, He Likes Beer By Cups Not OverFlowing
- Happy Henry Lithely Began Baking Cakes, Not Omitting Four Necessities
- Here Lies Benjamin Bold; Cry Not Old Friend; Needlessly Nature Magnifies All Simple People Sometimes, Clots and Kings.

いろいろ見てみると、日本の「水兵リーベ…」のような「定番」はなく、またオリジナルらしきものもかなりあるようだ。以前、複数のネイティブスピーカーにニモニック一般について尋ねたことがある。みな、そういうものがあることは知っていると答えたが、例をちゃんとあげられた人はいなかった。

限られた例からいうのは危険だが、英語文化では、もしかしたら日本の「水兵リーベ」や「ひとなみにおごれや」ほど根づいているものとはいえないのかもしれない。いずれにせよ、こうしたサイトの例を見ていると、文を記憶するほうが大変そうな長大なニモニックがあるのも事実だ。