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zoom RSS 「さよなら英文法!多読が育てる英語力」

<<   作成日時 : 2009/02/13 10:06   >>

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刺激的な題が目にとまり、手に取った。多読によって英語の文法を意識しないくらいまで力を高め、文法に「さよなら」するための指南書かと思い、読んでみた。

なるほど、と思う点も多々あった。私もいまだこの程度の実力だが、趣味や仕事でかなりの量の英語を読んできたつもりで、「多読が英語力を育てる」というのは、まったくその通りだと思っている。今の短文中心の学習では冠詞や英語らしい表現がどう使われるか身につかない、といった指摘にも頷かされる。

しかし具体的な方法論については、著者の主張は私の想像とはちょっと違っていた。文法学習は不要で害である、辞書を引かず、楽しめる本を多読をしていれば自然に英語力がつく、というのだが、説明が説得力に欠けたり一方的だと感じられたりして、十分納得できるものではなかった。著者の専門である英語と児童文学の分野での経験を、誰もが従うべき方法論に広げてしまっているという印象を受けた。

例えば著者は、翻訳書で見つけたまずい訳を列挙し、翻訳者たちが文法中心の学校英語を学び、多読を十分にしなかったのがつまづいた原因だとしている。しかし私には、翻訳者の語学力・日本語表現力不足だとは思われても、なぜ直ちに文法学習や多読不足と結びつけられるのかよくわからなかった。同じ論法を使えば、多読のみで英語を学んだ人が意味を取り違えた例を集めて、「多読だけではこの程度の理解力しかつかない」ということもできはしまいか。

また不適切に訳された言い回しのいくつかについて著者は、まとまった表現として認識されていない可能性があって辞書や参考書は頼りにならず、多読で覚えていくしかないという内容のことを述べている。私はどれも知っていたが、しかしその多くはまだ読書量がそう多くない段階で多読以外の手段で覚えたものだ(偶然にも先日私が取り上げた Good question. もあげられていたが、その際書いたように辞書にもちゃんと説明が載っている)。英語力はさまざまな手だて、いろいろな機会をとらえて向上を図ることができるはずだ。

著者は、意図的な学習を退けて多読によって幼児が言葉を覚えるように英語を身につけよと説いている。しかし、母国語習得のように外国語を学ぶことはできないという説がある。幼児は単純に親の言葉をインプットしているのではなく、親の反応を見たり親に自分の意図を伝えようとしたりすることで言語を身につけるのであり、だからテレビは親の代わりにはならない、という説も読んだことがある。これに従えば、多読だけに頼るのは不十分ではないかと感じる。

多読では前後関係や文脈で単語・表現の意味を類推することになるが、ひとたび自己流の誤った理解を身につけてしまうと、ずっとそれに気づかないおそれがある(実際に私も経験している)。また、漢字の読めない首相ではないが、母国語でも間違って覚えたことは意識して正さないと大人になってもそのままである。その昔、アメリカの大学生から "Composition 101" だったかの授業で使っているというテキストを見せてもらったことがあるが、そのひとつは文法書だった。「自然に」言葉を覚えたネイティブでも、言葉の規則や使い方を意識的に学ぶことを放棄しているわけではないということになる。

この本が取り上げているのは、結局のところ、自分に手が届く難易度の本を楽しむという、いわば自己完結型の読書である。どれくらい理解したか、正しく理解しているかを問うことにはあまり力点が置かれていないようだ。身につくのも、それに見合ったレベルの英語力というべきだろう。

もちろん、自分だけで楽しむ分には、他人がとやかくいう筋合いのものではない。しかし、例えば仕事のように、自分で選ぶのではなく、他から与えられる英語と向き合わざるを得ない場合は、自己流の理解では許されない厳しさがある。実は私も、多読だけで英語力が高まると考えていた時期があった。しかし仕事で英語を使う部署に移った際に、自分の考えが甘かったことを知った。

著者がすすめるような物語や児童書を、わからないところは飛ばしながら多読しているだけで、大人を対象とした複雑な内容の文章や抽象的な語彙を受け止めることができるようになるのだろうか。仮にそうだとしても、どれくらいの量と時間を費やさなければならないのか。専門家と違って英語ばかりに時間を割くわけにはいかないサラリーマンにとって得策なのか。こうした疑問には、読み終えても納得できる答えが得られなかった。

著者は、日本で学ぶ英語はよどんだ水のようなものであり、それをそっくり捨て、辞書も文法も捨てて、多読によって澄んだ水に入れ替えよと書いている。

しかし、いくら澄んだ水であっても、量が少なかったら火事場では用をなさない。よどんでいたとしても、すでにそれなりの水の蓄えがあるのなら、なんとか火を消すことはできる。これまで蓄えた水をそっくり捨ててしまうのではなく、多読によって透明度を高めるようにしていった方が現実的ではないだろうか。


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