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zoom RSS 英語の先生の思い出(「英語の授業は英語で」その4)

<<   作成日時 : 2009/01/09 08:05   >>

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「高校では英語の授業を英語で行う」という新学習指導要領について続ける。ある教科への興味が増すかどうかは、習った先生に影響を受けることがあると思うが、その点で、私は高校の時に教わったある英語の先生にいまでも感謝している。

先生は普段から大量の英文を読んでいて、職員室の机には英語の本が積み上げられていた。そして、英語や内容の面で役に立つと考えた文章を書き抜いてプリントを作り、生徒に配っていた。難しかったが、どれも教科書以上に面白いものばかりだった。

授業では、英文を頭から順に読み下し、まとまったかたまりに区切りながら構造や意味を説明していった。それまで英語の時間といえば、文の中を行きつ戻りつして解釈し和訳する授業ばかりだったので、私には面白かった。ずっと後に「サイト・トランスレーション」と呼ばれる手法を知ったが、あの先生の教え方と共通点があると感じたものだ。

先生はまた「日本語をしっかり学べ」と言っていた。日本に生まれ育った以上、母国語は日本語であり、母国語を大切にしなければ高度な思考もできないし、外国語がわかるようにもなれない。そうしたことを英語の先生に力説されるのは新鮮だった。

一方で先生は、生徒に必ずしも流麗な訳は求めなかった。それは、まず英語を正確に理解できるようになることが授業の第一の目的であり、訳を磨くという、いわば翻訳ともいうべき作業はその先の段階だと考えていたのではないかと想像している。

「できる先生」(と同時に、難度の高い先生)という見方で私たち生徒は一致していたが、英語をどのくらい使いこなせるのかはわからなかった。授業は日本語だったし、発音は歯切れはいいもののネイティブらしくはなかった。

ある日、先生は来日して間もないというアメリカ人を教室に連れてきた。何についての話だったかは覚えていないが、その時間は、そのゲストとの会話は当然として、生徒に対しても、多少の説明を除いてほとんど英語で通した。今思うと、異なった言葉を母国語とする人を蚊帳の外に置かないよう、その場にいる皆が理解できる言語を使うというエチケットに従ったのかもしれない。いずれにせよ、初めて見るそうした先生の姿は驚きであった。

いわゆる「実用英語」の必要性を授業で説いたことは一度もなかった先生が、口を開いたら実に見事な英語を話したこともあるが、それだけではない。先生はいつもの日本人らしい仕草・言動のまま、自然な態度で英語を使っていた。

平たくいえば、私にはそれが「カッコよかった」のだろう。日本語の本と同じようにペーパーバックや英字新聞に目を通し、「これからは英会話が必要」などと声高に叫んでいるわけではないのに必要な時はさらりと英語を話す。そして、英語を学ぶためには日本語を排除せよというのではなく、逆に日本語をしっかり学べという。日本人として「英語ができる」とはこういうことではないか、私もあのように英語を身につけたいものだ、と思った。

教師は生徒の role model を目指すべきではないかと先日書いたが、先生は私にとって英語を学ぶ上でひとつの模範・目標となった。そしてそれは、当時の私にとって遥かに高いレベルの英語力だが、努力すれば自分もそこに到達できるのではないか、と思わせる点で、テレビやラジオの語学講座に出演している手の届かない英語の達人とは違った現実味のあるものだった。

もちろん、あの先生とその教え方が英語教師のあるべき姿だ、といいたいわけではない。ただ、英語に興味を持つきっかけとして教師の存在が大切になりうる実例のひとつとして、私自身の高校時代の思い出を振り返ってみた次第である。それにしても、あれからおよそ三十年、先生のレベルに多少なりとも近づくことができただろうか。

今回のテーマについては予想以上に長くなってしまったが、次回さらに続けて終わりにしたい。


関連エントリ:
「英語の授業は英語で」
「英語の授業は英語で」(その2)
「英語の授業は英語で」(その3)
英語よりも日本語?(「英語の授業は英語で」その5)

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